コロニア・デル・サクラメント(Colonia del Sacramento)
2010年1月24日
ブエノス・アイレスの港から、ウルグアイに渡る大きなフェリーに乗り込む。3時間ほどかけてプラタ河を渡り、その旧市街が世界文化遺産でもあるコロニアへ到着。
半日しかいられなかったけれど、とても素敵な町だった。スペインとポルトガルが交互に支配した土地だったそうだ。
ここで久しぶりのビーチ文化に触れたという気がする。じっとりと焼き付けるような日差しと、怠惰な空気。脚も肩も出したカジュアルな装いでバイクに乗る人々。
ひたすらのんびりとして、全てがどろっと溶けていくかのようで、とても居心地がいい。今思い返せば、ブラジルのビーチに似ている。リオデジャネイロ政府統轄下にあった時代もあるらしいので、そのせいかもしれない。
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モンテビデオ(Montevideo)
2010年1月24日
その日のうちに首都モンテビデオへ移動した。
パリのアパルトマンのような古い建物の角にあるドミトリーに泊まる。
夜には幸運にも、通りで本番さながらに行われている黒人舞踏カンドンベの練習に遭遇した。近所の人たちが総出でダンサーやドラマーたちと一緒になって踊っていた。上手い下手ではなくどれだけ楽しむかが重要なようだった。ウルグアイ人の熱さが伝わってくる。ちなみにこの辺りも、あとで知ったブラジルのカーニバル文化と通じるものがある。
中心街の街並みはちょっと見たことがないくらいレトロ。建物はかなり黒ずんで、迫力と趣がある。いつか夢で見たことがある、好きな色調だった。ヴェニスと並ぶような古さを感じさせるが、かつての栄光を偲ばせるような廃墟っぽいそれではなく、手入れされ長く使われて来ていまだ現役という、良い感じの古さ。そこに明るい人々が生活する、いきいきとした町だ。
ここでは人同士が大事にし合っている。ドライバーは歩行者にとても親切だし、買い物をすれば親切な接客で、友達のように一緒に似合うものを考えてくれる。商売っ気はまるでない。絶品のパリージャ(焼肉)を食べに行けば、汗をかく私に扇風機を当ててくれたり、水や酒をサービスしてくれたり。ここの国の人は純粋なもてなしの心を持っている、と感動。南米は大抵どこもフレンドリーかと思っていたら、割と差がある。その中でウルグアイはダントツだった。
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サルト(Salto)
2010年1月26日
田舎道を走れば、それまでのどの国とも違ってゴミが落ちていない。高速脇には必ずゴミが投げ捨てられているのが南米だと思っていたが、ウルグアイの人の意識が高いのだろうか、きちんと人と自然が共存した風景が見られる。適度に人の手が入った森が緑豊かに育ち、川や池が見られる。きれいな牧草地に牛や羊。それ以外の土地には豊かな若い森。
ウルグアイの国土は日本の約半分で、その90%以上が牧草地。牛や馬が経済を支えていると言っても過言ではない。その証拠にホステルの前では、早朝ゴミ収集車を引く馬の姿があった。パカパカ音がすると思ったらゴミを積んだ馬車が通る。馬と共存してきたガウチョの国ならではの方法だ。なんて素敵、なんてエコ・・・。
もっと知りたい、また来なければ、いやきっと来るだろう。今回の日程に組まれたウルグアイ滞在期間は3泊4日。あまりにも短い。モンテビデオから北上して、サルトへ向かう。サルトで1泊し、またパリージャを食べてから、アルゼンチンへと国境を越えた
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